ほしいDNA配列を増やす:ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)

polymerase-chain-reaction 生化学ノート
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最近、メディアで名前をよく聞くようになったPCR(Polymerase chain reaction)についてかんたんに記す。ここに書くことは、原理的に一緒でも臨床と基礎研究の現場では求められる精度や目的が異なっており、言葉尻だけで難易度などを比較判断することは容易ではない。自分は基礎研究に従事した人間であることを念頭に以下を読んでいただきたい。

自分がほしいDNAの配列を「増やす」技術である。宿主に発現させるDNAを作るためには必要不可欠な技術となる。実験室で用いる研究が進んでいるベクターを用いて学術研究用にベクター調製を行うというのが基礎研究レベルではよく行われるが、その範囲ではかなり確立された方法で、実験は高度にルーティン化されている。

キットも豊富で、増やすためのDNAポリメラーゼも失敗しにくいように改良されている。あとは、プライマーとテンプレートのDNAを用意し、機械にセットして待つだけ、でできてしまうことも多い。

私は学部時代の化学実験実習でPCRを初めて行ったが、そのときでも実験自体は試薬の量などを間違えなければ難なくできた。しかし、原理の理解が追いついていなかったことからレポートで苦しんだ記憶がある。やはり原理をしっかりと理解できていないと、PCR実験を自分で設計することは不可能であるし、トラブルシューティングが難しいと実感した。以下にまとめてみよう。

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PCR実験の概要

原理的には絵にしてみると単純なので、絵を使って見る。

PCR実験のサイクル中に起こっていること

テンプレートとなるDNAを1本鎖に分けて、それぞれを鋳型にして相補鎖を合成する。これを1サイクルとして、何サイクルも繰り返すと、指数関数的にDNAを増やすことができる。

DNAを1本鎖に分けるときには、温度を90 °C以上に上げればよい。しかし、この温度では、普通のDNAポリメラーゼなら失活してしまう。

この問題は、高温環境下に生きる高度好熱菌から取れるTaqポリメラーゼという熱安定性の高い酵素が発見され、研究用に最適化された条件が見つかったことによって解決することができた。

その後、温度を下げることでプライマーと塩基対を形成する。塩基対を形成したプライマーを足がかりにDNAポリメラーゼはdNTPをどんどんつなげて延ばしていく。いずれ2本鎖が合成され、DNAテンプレートと同様な配列を持つDNAが2つできる。またそれが次のサイクルでのテンプレートDNAとなる。よってサイクル数をnとすると、DNA数は理論上2^nと増えていく。すなわち、2サイクル目以降の二本鎖DNAは生成物でもありテンプレートでもある。

したがって、実験としては、反応に必要な試薬を加えたら、その反応を進めるために温度を連続的に変化させるだけとなる。そのための温度制御を行う機械が「サーマルサイクラー」という装置である。

PCRの鍵:プライマーの配列設計

PCR反応ではチューブの中に以下の試薬が含まれる。

  • テンプレートとなるDNA
  • プライマー(二本)
  • dNTP
  • DNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)
  • その他バッファーなど

その他にはバッファーに加えて塩濃度を調整する試薬や、ポリメラーゼの活性に必要なMgイオンが添加される。

反応を成功させる上で、鍵となるのはプライマーの配列である。プライマーが特異的にテンプレート内の狙った部位に結合しないと、その後の増幅も思い通りに行かなくなる。

PCRを行う目的によっても異なるのですが、普通はほしい配列を挟み込むように設計する。

数塩基分「のりしろ」をもたせたり、制限酵素の認識配列を入れることで、あとで切り出しができるように設計する場合も多い。こうして設計した配列がテンプレートの他の部位に結合しないかどうかを確認する必要がある。

また、プライマー自身の「長さ」「配列」「Tm値」を気にする必要がある。以下で順に見ていく。

プライマーの長さ

キットや使用するポリメラーゼにもよるかもしれないが、多くのプライマーは20~35塩基程度となる。

長すぎると鋳型DNAに結合しにくく、短すぎると非特異な会合が多くなる。そのちょうどいい塩梅なのだろう。なお、Eurofinなどのプライマー合成の外注サービスでは35塩基まで定額なので、ある程度のコンセンサスはあるものと思われる。

配列

プライマーに含まれる塩基の割合、並びを気にした方がいい場合もある。GとCの塩基対は結合が強い(水素結合が多い)ため、多すぎるとこれも非特異な結合が多くなってしまう。

また、配列によってはプライマーが高次構造を持ったりすることでテンプレートに結合しにくい(=増幅しない)ものも存在する。これのせいで配列は合ってるのに増幅せず、のりしろの1塩基を変えただけでうまくいったという経験もある。

Tm値

Tm値とは「2本鎖DNAの50%が1本鎖に解離する温度」のことである。

普通プライマーは2本をほしい場所で挟み込むよう設計するというふうに上で書いたが、この2本のプライマー間でTm値に差がありすぎると、プライマーの結合温度の設定が難しくなってくる。一方のプライマーは結合するけど、一方は結合しないとなると、増幅効率は落ちる。かといって、片方に寄せると今度は非特異な結合が増えたり…と悩ましいことになる。

対策としては、結合と関係ないのりしろ部分の配列を変える等を行い調節する。

歴史

PCRの原型となったDNAの増幅方法のアイデアはキャリー・マリス(Kary Mullis)によって考案された。PCR法の発見の歴史に関しては以下のエッセイが面白かったので紹介する。

https://www.rnaj.org/newsletters/item/471-furuichi-9

PCR実験を確立する上での第1の障壁であった。もともと、大腸菌由来のDNAポリメラーゼから5’→3’エキソヌクレアーゼ活性を除いたクレノウ断片(Klenow fragement)を用いていた。しかし、大腸菌の酵素である以上DNAのアニーリングを解くために高温にすると変性してしまう。これではサイクルごとに酵素を追加する必要があり、費用もかかるし非常に手間がかかるお世辞にも便利とは言えない実験法であった。

高温環境下に生きる高度好熱菌から取れるTaqポリメラーゼという熱安定性の高い酵素を用いることで、この問題を解決できた。高温でも変性しない酵素というのは普通の酵素と配列や分子内相互作用においてどう異なる特徴を持っているのかが気になるところではある。

とはいえ、この酵素の弱点はDNA複製の際に生じたミスを校正するためのプルーフリーディング活性を持たないため、塩基のミスが多いことが問題であった。

DNA複製時にDNAポリメラーゼはシャルガフの法則にある塩基対ではない塩基を導入してしまうというミスをときどき冒す。普通、そういうときはポリメラーゼに備わる3’→5’エキソヌクレアーゼ活性によってミスマッチ塩基を取り除き、再び正しい塩基をマッチングさせるという修正機構を持つ。これがプルーフリーディング活性であり、これによってポリメラーゼによるミスマッチ塩基は劇的に減少する。

リコンビナントタンパク質精製のための発現系構築という用途でのPCRであれば、PCRによる増幅でミスがあったというのはほとんど経験がない。ただ、配列によってはどうしても苦手なものというのは存在するらしく、この辺の勘所を抑えるのがノウハウとして蓄積されていくのだろう。

その後の研究ではこの酵素を基盤として、より確実にそしてより長くPCRを行うことができるように改変を行ってきた。今では「高正確性」を意味する”High Fidelity” PCRが可能となった。

DNAポリメラーゼの改良に関しての歴史は以下の文献に詳しい。なお、ポリメラーゼによる増幅を用いる方法としては他にジデオキシ法(塩基配列の決定法)もあるが、両者では適した酵素ファミリーが異なるという点が興味深かった。考えれば当たり前のようでもあるが、ではどういう特徴だとジデオキシ法に適しているか?というのは、タンパク質構造などの化学的知見がものをいう。そのプロセスの追体験ができたというのがその理由である。

https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9010/9010_yomoyama-2.pdf

”新しい”DNAクローニング手法

これまでは制限酵素切断したDNA断片とPCRによって増幅した配列をDNAリガーゼによって結合させることによって発現プラスミドを作製するということをやってきた。私も研究室入りたてのころは制限酵素を用いた発現系構築というものをやっており、古典的な遺伝子工学の手法というものを体感してきたし、学部時代の生物化学の実験カリキュラムの1つにも組み込まれていた。しかし、現在ではあまり従来のような制限酵素を用いた発現系構築は行わなくなってきた印象がある。いわゆる「シームレスクローニング」を使用することが多くなってきたように思われる。研究室でも途中からGibson Assemblyを取り入れ、その効率の良さと簡便さからすぐにそちらに移ることになった。私自身詳しくはないのだが、それ以外にも様々なアプローチからクローニングを行う手法が開発されている。Gibson Assemblyを含めたシームレスクローニングについてはこちらの文献に詳しい。

Gibson Assembly (ギブソン・アッセンブリー・システム) - New England Biolabs Japan
ニュー・イングランド・バイオラボ -NEBは制限酵素、エンドヌクレアーゼ、リコンビナント酵素、PCR用試薬、発現システム、マーカー、コンピテントセル、RNA研究用試薬、ポリメラーゼ、修飾酵素、核酸、細胞解析などの試薬を提供しています。

最後に

まとめてみると、かなりあっさりしているようにみえるかもしれない。しかし、プライマー設計は意外と奥が深く、まだコツが色々とある。

PCRは分子生物学の実験だけではなく、色々な場で不可欠な技術となった。

DNA塩基配列が決定されている場合にその塩基配列を含む領域を迅速に増幅する方法として色々な意図で用いられている。mRNAから相補DNA(cDNA)を合成する逆転写酵素が利用されるようになってからは、配列決定の対象はRNAにも拡大された。

さらに臨床の場では伝染病の診断、発がんにかかわる遺伝子の変異の検出など、あるいは犯罪現場では残された毛などからPCRでDNAを増幅し、個人を特定するのに利用されている。

Reference

PCR技術を発展させた酵素開発の歴史

PCR 実験の手引き(PDFファイル)

シームレスクローニング法~古典的な制限酵素とDNAリガーゼを用いないクローニング~(PDFファイル)

耐熱性DNAポリメラーゼ~PCRへの利用から現在まで~(PDFファイル)

Gibson Assemblyシステム

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公開日:2017年11月4日