10年後に振り返る:義務教育は役立っているか?

study-young-person オピニオン

人が生きていく上で、教育は重要です。
これは疑いようが無いでしょう。

しかし、教育方法に対する考え方は多種多様です。
以前あるツイートをみかけ、それを引用する形で少し述べさせてもらいました。

これに関して少し掘り下げてみたいと思います。

義務教育に対する印象

先ほどの引用元のツイートには「点取ゲーム」という表現があります。
これに関しては私は全く同じことを思っていました。
自分が言ったのではないかという錯覚さえ覚えました。

義務教育と書いていますが、私にとっては高校まで同じ考え方でした。

気にしていたのは周りの目

今考えても、何をモチベーションに勉強していたか思い浮かびません。
なんかやらなきゃいけないものだ、という曖昧な理解でした。

ただ一方で、負けず嫌いな私は他の人に負けたくはなかったです。
特に高校では、定期テストや模試ごとに科目と合計点の上位者が公開されてました。
その順位で一喜一憂していました。

この周囲からの反応、というところは私にとって大きかったです。

何に役立つかは考えたことはなかった

そのような感じで、教科書の内容そのものには興味がほとんどなかったです。
もともと典型的な理系人間ではありましたが、それも好きというより単に得意だからです。

反対に文系科目に関しては、とりあえず詰め込みでした。

このため、今もその内容を理解しているとは言えません。
センター試験も化学でさえ、平均点を取るのが精一杯です。

果たして義務教育は無駄だったか?

ここまで読むと、義務教育は意味がないと言えるかもしれません。
しかし、本当にそうなのか?ともう一回考えて直してみました。

よく考えを巡らせると、あながち悪いことばかりでもないような気もしてきました。

興味の幅が広げやすくなる

半ば強制的であっても、勉強したことあるかどうかの差は大きいと思います。
人が何に興味を持つかは、色々やってみないとわかりません。

何年後、何十年後かに、役立つ事があるかも知れません。
私にもそんな経験があります。

一時期クイズ番組にハマって、よく見ていました。
その中でも世界遺産の問題は、社会の教科書で見たことはあるけど、背景などをよく知らないものです。
見ているうちに、そんな一面があったのかと面白くなりました。

それが高じて、ついに世界遺産検定のテキストを買ってしまいました。
社会は一番嫌いな科目なので、自分がまさか趣味でテキストを読むことになるとは思いませんでした。

既視感を覚えることが増える

日常生活でも、学校でなんか勉強したことある、という既視感を覚える瞬間はあると思います。
このかすかでも記憶が残っていれば、それを糸口に知識を手繰り寄せることができます。

これがないと、その事柄について一から探らなければなりません。
ヒントがないものを理解していくのは、ハードルが高いでしょう。

同様に、改めて学習し直したいと思った時に、「既視感」がある分、やりやすくなるのではないでしょうか。

最後に:広く学びつつ興味を尊重がベスト

義務教育はまだ何に興味があるのか固まっていない時期に施す教育です。

そう考えると、広く学ぶことはそう悪くないのではないかと思えます。

問題はその教育の運用の仕方と思います。
型にはまった答えをすることをよしとする風潮は考えるべきと思います。

また、早い段階で興味が固まっているような子どもはその能力を伸ばせるよう配慮するなど
柔軟に対応できればいいのではないかと思います。

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