前回は原子価結合理論から、結合を作る際の電子の流れを考えた。
結合に関与する部分のみ考慮しているが、本来原子軌道の考え方を分子にも拡張することができる。
これが分子軌道(Molecular Orbital)理論である。
分子軌道理論を考えると、分子を形成すると安定なのかを理解することができる。
今回は分子軌道の考え方について紹介し、例によって簡単な分子について分子軌道を作ってみる。
分子軌道→電子が波としての性質を持つ
波は互いに干渉し合う。
- 強め合う:結合性軌道
- 弱め合う:反結合性軌道
- 干渉し合う波がない:非結合性軌道
分子軌道でもパウリの排他原理がはたらく。
分子軌道の生成
電子は波としての性質を持っている。これが他の電子と近づくと干渉し合う。
その結果、波を強め合ったり、弱め合ったりし、原子のときとは違う波ができる。
分子軌道は波の干渉の結果によってできる、新たな軌道である。
N個の原子軌道からはN個の分子軌道ができる。
分子軌道には、元になった原子軌道が強め合う・弱め合う・干渉しないの3パターンがある。
それぞれについて整理する。
結合性軌道 Bonding orbital
原子同士の波が強め合う干渉の結果にできるのが、結合性軌道である。
結合性軌道は、原子核間領域で見出される確率が高くなるため、両方の核と強い相互作用を持つ。
核間領域に見出されやすいということは共有結合を形成する際には有利となる。
反結合性軌道 Antibonding orbital
反対に原子同士の波が打ち消し合うように干渉すると、反結合性軌道となる。
波の振幅が相殺されることによって、核の中間に電子の存在しない領域=節面が生じる。
核同士の中心に電子が存在できないことは、結合を形成する上で圧倒的に不利である。
非結合性軌道 Nonbonding orbital
分子中のすべての原子軌道が分子軌道を構成するわけではない。
単一の原子軌道で同じエネルギー準位を持つ分子軌道を作ることもある。
これが非結合性軌道であり、分子は安定にも不安定にもならない。
隣接する原子と重なり合うことのできる対称性を持つ原子軌道が存在しない場合である。
波が干渉しないため、原子のときと同じリズムを持っていると考えれば良い。
分子軌道を書く際の注意
分子軌道の場合も、原子軌道と同じような原理が働く。パウリの排他原理である。
1つの分子軌道に入る電子の数は2個までで、そのスピンは対になっていなければならない。
詳細は原子軌道について書いた以前の記事を参考にしてほしい。
分子軌道エネルギー準位図
分子軌道のエネルギーは分子軌道エネルギー準位図で表される。
簡単な分子を持ち出して考えてみる。
水素分子は結合性軌道に電子が収容
水素原子Hは1s軌道1個なので、2つの水素原子で合計2個の分子軌道ができる。
そして電子は1個ずつ、合計2個の電子が分子軌道に収容されることになる。
2個なので、エネルギーの低い結合性軌道に入ることができる。
エネルギー準位にあるように、2個の電子は原子のときよりも結合性軌道にあるときの方が低い。
そのため、結合性軌道を占めることによって、水素分子は安定化することができる。
水素分子のイオンは存在するか?
これは分子のときであるが、イオンになることができるか?という点についても考える。
エネルギー準位図とパウリの排他原理を踏まえるとわかる。
1個電子を余計に収容して、H2–イオンになるとする。
すでに2個の電子が先客として、結合性軌道に入っている。
さらに3個目の電子が入ろうとすると、反結合性軌道に入らざるを得ない。
反結合性軌道は原子軌道よりもエネルギー準位が高いので、分子は不安定化する。
そのため、イオンとなるメリットがないことから、H2–は存在しない。
ヘリウム分子は二原子分子にならない
次にヘリウム(He)について見てみる。ご存知の通り、希ガスである。
HeもHと同様、1s軌道に電子が入っている。
分子を形成するとすると、結合性軌道に2個、反結合性軌道に2個入ることになる。
結合性軌道の安定化を、反結合性軌道の不安定化が打ち消し合ってしまう。
これでは分子を形成するメリットがない。
そのため、たとえ結合しても、すぐに原子状態に解離してしまう。
最後に:あくまで分子軌道は通常条件での考え方
ここでは、ヘリウムは分子を形成しないと書いた。
希ガス全般の基本的性質として、分子を形成しないと理解している人もいるかもしれない。
もちろん、分子軌道を考えると、その考え方は正しい。
実際は、キセノン(Xe)は比較的容易に化合物を作るのだが、これはもう少し電子配置を深く考える必要がある。
最近では、特殊な条件でHeが化合物を作ったという報告があったようである。
その論文について紹介している記事が以下である。
このように化学は、原子や分子の一般的性質を表すものとして教科書で記述される。
しかし、それが絶対的なものでは決してない。
過去の常識を覆すような研究が、新しい物性を持つ素材の開発などに繋がっていくのだろう。
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