細胞の培養法で気をつけること:培地のロット差という盲点

細胞培養で考慮する点 科学コラム

普段の仕事では、ヒトの培養細胞を使用している。
ヒト培養細胞は学生時代から扱っており、慣れている作業だった。
細胞も扱いやすいHEK293なので、失敗することはほとんどない。

しかし、最近になって細胞の増え方が遅いという自体に直面した。
異常を感じてから2ヶ月、器具や試薬を変えて色々と試行錯誤した。
現在は無事に元通りになり、細胞がしっかり増えてくれるようになった。

先に結論を書くと、原因は培養に用いていた培地であることがわかった。
自分への備忘録と、同じ事態に直面した方の参考になればと思い、過程を書くことにする。

要点
前提
増えていないわけではない
細胞の形状変化等はない(=コンタミネーションではない)
検討事項
・培地?
・10mLピペットのメーカー間の差?
・培地のロット差?→ロット変更で無事回復

細胞の違和感に気づくまで

繰り返しになるが研究にはHEK293を使用している。
通常は、中1日でコンフルエントになる細胞数で培養している。

しかし、ある日いつも通り顕微鏡で細胞の様子を観察していると
細胞が増えてはいるものの、完全にコンフルエントになっていないことに気づいた。

その日を境に同じように継代しても、コンフルエントにならない状況が続いた。
特にプロトコルを変えたというわけではない。
また、全く増えないわけではなく、細菌などの痕跡も見られないため、コンタミネーションではなかった。

単純に継代の際に撒く細胞数を少し増やしてみても、結果は同じでコンフルエントにならなかった。

そこから、上司と相談しながら、原因を突き止めるべく試行錯誤が始まった。
細胞培養の怖いところは、手技なのか試薬なのか、原因を突き止めるのが難しいところである。

いきなり色々と変えずに、一つずつ検討していった。

その1:培地

まず疑ったのは細胞の栄養源である培地である。
本社でも同じHEK293細胞を使用しているため、少し送ってもらい培養してみた。

しかし、これでは改善は見られなかった。
それどころか、全く同じロットの培地を使用していた

血清も元々同じロットを大量購入しているので、培地に違いはない。

この時点では正直、培地が原因とは考えていなかった。
それは、広く普及しているごく普通の培地に差があるとは思えなかったためである。

その2:10mLピペット

次に疑ったのが、継代に使用する道具類である。
ちょうど同じ時期に10mLピペットのメーカーを変えた。
変えたのは値段が安く、ピペットの変更で影響が出ることはないだろうと考えてのことである。

ただ、よく見ると、吐出口の径の幅がメーカーで異なることに気づいた。
変えた後のメーカーの方が径が太かった

径が太いということは、継代の際に細胞が分散しにくくなる可能性がある。
細胞が塊になっていると、接触作用により細胞が増殖を止めてしまう。

5 mLピペットはまだ前のメーカーのものが余っていたので、5 mLピペットで継代をしてみた。
結果は変わらず、メーカー間で細胞の増え方に差はなかった。
とはいえ、吐出口の径は普段気にしないところなので、勉強になった。

原因判明:培地のロット差

あれこれ悩んでいると、上司から連絡があった。
違うロットの培地で培養してみると、改善したようである。

ここで初めて、培地のロット差について意識した。
基本的に組成は固定で、ロット差が出ることなど無いだろうと考えていた。

とはいうものの、本社では改善が見られたのは実験事実である。
すぐに別ロットの培地を調達して試してみた。

培養してみると、結果は当たりで中1日でびっしりと敷き詰められた細胞を見ることができた。

その後も良好で、現在は何事もなく培養ができている。

最後に

培地が原因になるとは私にとって驚きだった。
今考えると、働いている研究所と本社では細胞培養に使用しているものは全く同じである。
本当に違うのは、培地のロット程度なものだった。

ちなみに、出入りしている代理店の方に話を伺うと
培地のロットの他にも、培地を作るための原料のロットというのもあるそうだ。

そのため、培地のロットが違っても、原料のロットは同じということもありえる。

培地は日常的に使うものなため、頻繁にロットが入れ替わる。
近い日に作った場合は原料が同じ可能性があるので、注意が必要となる。

とはいえ、ロット番号から製造月日がわかるわけではない・・・。
今回、一番重要な細胞の異常ということで神経を使ったが
それによって色々と勉強にもなった。

本などで知識を蓄えるのも重要な事だが
やはり現場を見て、考えることも同時に重要だなと再確認した出来事となった。

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